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Text File  |  2000-07-06  |  49KB  |  1,562 lines

  1.  
  2.                                     1
  3.  
  4.  長田葵には、左の眉の上からこめかみの手前にかけて一直線の傷がある。子供
  5.  
  6. のころ、家族で海に遊びにいったとき、岩礁の上を駆けずりまわり、転んで頭か
  7.  
  8. ら海に落ちた。その際岩肌に額を打ち、傷をつくったのである。その当時はおかっ
  9.  
  10. ぱ頭だったが、一九八八年の時点では肩までのばしていた。そしてそれを深い緑
  11.  
  12. のリボンで束ねていた。
  13.  
  14.  うちの高校は教える側も教わる側も呑気で、一応ほかの県立校なみの内容の校
  15.  
  16. 則や生徒生活綱領を保有してはいたが、その適用に関してはかなりゆるやかだっ
  17.  
  18. た。他校からきた教師が「ここの子ってリボンつけているでしょ。前の学校のく
  19.  
  20. せで、つい注意したくなっちゃうんですよね」と、もらしていたことがある。こ
  21.  
  22. れは、司書の先生からきいた。
  23.  
  24.  地学部の部室は理科室である。この部屋の後部にある戸棚は地学部の備蓄倉庫
  25.  
  26. と化しており、菓子やカップ麺などがおさめられていた。『週刊少年ジャンプ』
  27.  
  28. 『週刊ヤングマガジン』『ビックコミックスピリッツ』は、誰が買ってくるのか
  29.  
  30. しらないが、毎号欠かさず読むことができた。地学部の普段の活動は、ここにき
  31.  
  32. て菓子を食いながら漫画を読むことであった。男子生徒の間ではよく麻雀が行な
  33.  
  34. われていた。先輩のなかに一人、将棋ずきな者がいて、よく「遠征」と称して将
  35.  
  36. 棋部へ遊びにいっていた。むこうからこちらへきたことさえある。
  37.  
  38.  一九八八年、新任教師がこの地学部の副顧問となった。顧問は平時の部活動に
  39.  
  40. は出てこない。だから前述のごとくのびのびと展開している。どこかにその雰囲
  41.  
  42. 気が残っていたのだろう、あるときこの新任先生が戸棚をあけて抜き打ち検査を
  43.  
  44. した。そんなことをされると思っていなかったから、無防備である。無論、即没
  45.  
  46. 収となった。放課後、顧問が部長を呼んだ。顧問は近くに若先生がいないのを確
  47.  
  48. 認してから「あまり派手にやるな」といって、食料と漫画雑誌を返した。さすが
  49.  
  50. に牌は取り上げとなったが、学期末には返却された(プロ野球と同じようにシーズ
  51.  
  52. ン中の不祥事はシーズンがあければちゃらになった)。
  53.  
  54.  取り上げられている間、リバーシが流行った。はじめ、段ボールを切って牌を
  55.  
  56. つくったのだが、表面の印刷からなんの牌かわかってしまうためゲームの成立し
  57.  
  58. ないことがほどなく判明した。この用なしとなった段ボールの牌を黒く塗りつぶ
  59.  
  60. し、試みにリバーシを行なったのが流行のきっかけであった。
  61.  
  62.  押収物は無事に返還されたものの、部長は新任教師が抜き打ち検査をしたこと
  63.  
  64. 自体にぷりぷりしていて、地学室へもどると部員相手にこういった。
  65.  
  66. 「まったく、あいつ、しょうがねーよな。ここの校風がどんなだか勉強しろって
  67.  
  68. んだ。まだまだ若ーぜ!」
  69.  
  70.  この地学部部長が、長田葵であった。
  71.  
  72.  
  73.  
  74.  文芸部の部室は、なかった。強いていえば図書室か、そのなかにある司書室で
  75.  
  76. あろう。なぜならば、放課後、余がいるのはたいていそこだったからである。で
  77.  
  78. はなぜ、「余の居場所=文芸部部室」となるのか。それは、部長・会計・平部員
  79.  
  80. を余が兼任していたからである。ちなみに部費は年間六万円もらっていた。たっ
  81.  
  82. たひとりしか部員がいなくて廃部にならなかったのは、余の後ろに定年間近の頑
  83.  
  84. 固なイギリス語教師がひかえていたからであった。安井先生は小兵ながら大声で
  85.  
  86. 相手を喝破する御仁だ。その当時、余はまだ内気な少年で、なにごとにつけても
  87.  
  88. 「と思います」と語尾につけて発言するくせがあった。すると安井先生はすぐ
  89.  
  90. 「それはおまえが思っていることなのか、それとも客観的事実なのかー!」と一
  91.  
  92. 喝した。それでも生徒相手のときは一応彼なりに手加減していたらしい。対教師
  93.  
  94. 戦においてはノーウェイトであったようだ。「廃部にしてはどうか」との意見が
  95.  
  96. 教師間に出たとき、彼はそうした意見の持ち主のところへひとりひとり出向いて
  97.  
  98. いってこれを各個撃破した。
  99.  
  100. 「○○先生、文芸部は部員のためだけにあるんじゃないです。文芸部は年一回、
  101.  
  102. 文化祭のときに『赤れんがの家』という雑誌を出す。これはこの高校唯一の文芸
  103.  
  104. 誌です。生徒であれば誰でも作品を寄せることができる。こういう場は常に続い
  105.  
  106. て存在することに意義がある。大事なのは、誰でも投稿できる場が存続するとい
  107.  
  108. うことなんだ。今、たまたま部員が少ないからといって、つぶしちゃいけねえ。
  109.  
  110. 書き手は実にいっぱいいる。文芸部はそのためにあるんだよ、御理解いただけま
  111.  
  112. すかい、ええー!」
  113.  
  114.  長田と安井先生は気があった。先生は群れるのが大嫌いな性質で、職員室には
  115.  
  116. 寄りつかず(職員会議にもめったに出なかった)、司書室の机のひとつを自分の席
  117.  
  118. と心得ていた。余が図書室へいくと、笑い声がきこえる。カウンターの後ろの小
  119.  
  120. 窓越しに司書室をのぞくと、二人が談笑している。そういうことがよくあった。
  121.  
  122. 長田が文芸部も兼部して、ついでに文芸部部長にも就任してくれれば、世の中丸
  123.  
  124. くおさまるだろうと、余は先生に怒られるたびに思ったものだ。
  125.  
  126.  長田と余は奇遇なことに三年間、同じ組であった。と、いっても、組が同じだ
  127.  
  128. からしりあった、というわけではない。長田はほとんど利用者のいない図書室に
  129.  
  130. 現れる希有な人間であった。まず司書の先生と仲よくなった。そして司書室へ気
  131.  
  132. 軽に出入りするようになり、安井先生とつながった。余は文芸部部員だから安井
  133.  
  134. 先生と接点があるのは当然である。司書室でたびたび会ううちに、むこうがこち
  135.  
  136. らに話しかけてきた。それが今日に至っている。
  137.  
  138.  余はあまり教室に居心地のよさを感じることはできなかった。だから、同窓の
  139.  
  140. 者との関係はたいてい希薄であった。まことにもうしわけないことに、卒業後十
  141.  
  142. 年が経過した現在、覚えている人は長田と地学部部員の数名を除外するとまった
  143.  
  144. くいない。当時もたいして頭のなかに入っていなかったのだろう。
  145.  
  146.  はじめ、安井先生にあまりに気軽に話しているのをみて「この人は文芸部の先
  147.  
  148. 輩なんだろう」と長田について思っていた。ある日、昼休みが終わるので図書室
  149.  
  150. から一緒に出た。先輩のくせにどこまでもくるなあと思っていたら、同じ教室に
  151.  
  152. 入ってくる。驚愕してみているとそのまま席に座って、次の科目の準備をしはじ
  153.  
  154. めた。あとできいたら、長田のほうは余のことをはじめて会ったときから同じ組
  155.  
  156. の人間であると承知していたそうである。それならそうといってくれればよいも
  157.  
  158. のを。
  159.  
  160.  地学部の連中とは、無論長田経由で親しくなった。富田清二郎は余や長田と同
  161.  
  162. 輩だ。今日においても親交がある数少ない高校時代の友人である。富田は部内きっ
  163.  
  164. ての学識者であった。部長になってもおかしくなかったが、勝手気ままな地学部
  165.  
  166. をまとめるには性質がおとなしすぎた。就職校であったうちの高校では珍しく、
  167.  
  168. 大学へいった。学んだものが順当で、古生物学。いまも大学にいて、断続平衡説
  169.  
  170. 進化論を勉強している。これは、進化は種分化の際に一気に進み、一旦種として
  171.  
  172. 確立してしまうと、絶滅にいたるまでその種はほぼその形態のままであり続ける、
  173.  
  174. という理論である。種分化は、天変地異などによってとある集団が他の同胞から
  175.  
  176. 隔絶し、その特殊な環境下で何世代も経ることによって達成する。つまり断続平
  177.  
  178. 衡説では、進化とは主に外的な要因に左右されるランダムなものであり、下等か
  179.  
  180. ら高等へむかう一直線の階段のようなものではない、ということらしい。人間が
  181.  
  182. この世に現れたのは進化の当然の帰結ではなく、単なる偶然である、と断続平衡
  183.  
  184. 説はいいきる。これは遺伝学者系の進化論者(すなわち進化論者の大半)にとっ
  185.  
  186. て認めがたい事柄で、長い間黙殺されてきた。
  187.  
  188.  放課後の理科室には、図書室の次によくいった。文化部の宿命で、地学部にも
  189.  
  190. 幽霊部員がいた(文芸部には幽霊部員さえもいなかったが)。こうした人間に比べ
  191.  
  192. ればはるかに顔馴染みの存在であったようだ。学年下の部員のなかには、余のこ
  193.  
  194. とを地学部の人間だと信じて疑わなかった者もおる。長田が副顧問について発言
  195.  
  196. したときもその場にいて、じかにきいたのだった。
  197.  
  198.  
  199.  
  200. 「おーい」といって、長田が図書室へ入ってきた。彼女は左手に革の鞄とキルティ
  201.  
  202. ングの巾着袋を下げ、右手にブレザーを抱えている。ブラウスを腕まくりしてい
  203.  
  204. るのはいつものことだ。腕首にものがまとわりついているのが嫌いで、腕時計も
  205.  
  206. していない。時計は蓋のある銀メッキの小さな懐中時計で、これはベストのポケッ
  207.  
  208. トに入れている。木の床をキュッキュッと鳴らして、図書室の奥にいる私のとこ
  209.  
  210. ろまでやや早足で歩いてくる。「もうすぐ七時だ、帰ろうぜ」
  211.  
  212.  図書室はあまり利用者のいない割に巨大で、一般教室の四倍近くある。その面
  213.  
  214. 積の六割を書棚が占める。入って左側に書棚が、右側に閲覧席がある。閲覧席は
  215.  
  216. 六席のテーブルが三つずつ、五列並んでいる。カウンターは入口の右真横にある。
  217.  
  218. いまはもう図書委員も帰った。その後ろにある司書室には、安井先生が煙草をふ
  219.  
  220. かしているはずだ(先生は煙草とコーヒーから成る生物である。大航海時代がな
  221.  
  222. かったら成立し得ない種だ)。余のために図書室をあけてくださっているのだ。余
  223.  
  224. が座っているのは五列目の真ん中のテーブルである。模造紙が三枚並べて敷いて
  225.  
  226. ある。両脇の二枚はそれぞれ隣のテーブルを侵略している。その模造紙にむかっ
  227.  
  228. て、四Bの芯の入った〇.九のシャープペンシルで文字を書いているところであっ
  229.  
  230. た。
  231.  
  232. 「どうだい、調子は」長田は余の真むかいに立ち、椅子をひいて荷物をその上へ
  233.  
  234. 置いた。
  235.  
  236. 「半分まで書いた。テーマは結局宮武外骨にした」シャープペンシルをおいて、
  237.  
  238. 両手を上にのばしていった。文化祭のとき、文芸部は『赤れんがの家』の発行の
  239.  
  240. ほかに、テーマをきめて展示を行なう。文化祭は二日後の日曜日で、明日土曜日
  241.  
  242. は授業がとりやめとなり、全日その準備日となっていた。とはいえ、なるべくな
  243.  
  244. らば金曜日までにめどをつけておきたかった。
  245.  
  246.  一年のときはアーサー・C・クラーク、二年のときはブライアン・フリーマン
  247.  
  248. トルだった。フリーマントルのとき、先生は「おまえさんみたいに優柔不断な人
  249.  
  250. 間がスパイ小説を読むとはね」といってにやりと笑ったことがあったのを、思い
  251.  
  252. 出す。今年は宮武外骨かカート・ヴォネガット・ジュニアか迷っていたが、結局
  253.  
  254. 前者にしたのだった。
  255.  
  256. 「一枚は外骨の人生の年表、これはもう書き上げている、これだ。一枚は外骨が
  257.  
  258. ジャーナリストとしてもっとも華々しい展開をみせた『滑稽新聞』時代の主な筆
  259.  
  260. 禍の列挙、いま書いているやつね。最後の一枚は彼の人間関係の図、これはまだ
  261.  
  262. 手をつけていない。あとはテーブルの上に本をならべて格好をつけようと思って
  263.  
  264. いる」
  265.  
  266. 「間にあうの?」
  267.  
  268. 「原稿はもうできている。あとは模造紙に書くだけだから、たいしたことはない
  269.  
  270. だろう」
  271.  
  272. 「手伝ってあげようか」
  273.  
  274. 「うーん。まだいいよ。下書きの段階だから、書いている途中で思いついて加え
  275.  
  276. ることもあるし。そっちはどうなの」
  277.  
  278. 「富田君が指揮してやっている。今日はもう帰らせた。まあ完成するのは明日の
  279.  
  280. 午後三時すぎかなあ。今回のはもともと彼のプランだからね。今日まではバタバ
  281.  
  282. タ動いてきたけど、つめはまかせてしまおうと思ってね」なんだかいいわけつけ
  283.  
  284. てこちらの世話を焼きたげな感じである。
  285.  
  286.  余は愛用の紺色のDパックに筆記用具を入れた。これは中学のときに買ったも
  287.  
  288. のである。山登りに使うザックと同一の布を使っているため、頑丈であった。
  289.  
  290. 「あー、あとは明日、明日」Dパックを左肩にかけて立ち上がる。椅子を戻した。
  291.  
  292. 「これは?」長田が模造紙を指さす。
  293.  
  294. 「このまま」
  295.  
  296. 「もー、だらしがねーなー。ちゃんとかたづけなさいよー」と、いいながら、す
  297.  
  298. でに模造紙を三枚重ね、丸めはじめている。
  299.  
  300. 「いいんだよ、どうせ明日もここで書くんだから!」
  301.  
  302. 「いいことないだろー。図書室はあんたの部屋じゃないんだからさー」
  303.  
  304. 「こんなだだっぴろくあいているんだ、誰にも迷惑かからないよ」
  305.  
  306. 「じゃあここにひろげておいて、誰かにいたずらされたらどうすんだよ。明日は
  307.  
  308. 五時までしか校内にいられないんだぜ。また一からやり直すの?」
  309.  
  310. 「ああ、やるよ」余は意地を張った。
  311.  
  312. 「いまだってぎりぎりなんだから、間にあうわけないでしょうに」
  313.  
  314. 「間にあうね、そうなっても」
  315.  
  316. 「いや、間にあわないねー。むらっ気のあるあんたのことだから、駄目になった
  317.  
  318. 模造紙をみた途端にやる気なくして投げ出しちゃうにきまっている。まあ、再び
  319.  
  320. とりかかるのは正午すぎ、でも筆がのらなくて、そのへんで寝っ転がって本を読
  321.  
  322. んで現実逃避してしまう」寝っ転がって、というのは、余が本を読む態勢で一番
  323.  
  324. 好むのがそれであるのを知っているからである。
  325.  
  326.  長田は丸めた模造紙を軽く右脇にはさみ、来たときと同じように鞄と上着を持っ
  327.  
  328. て、すたすたと司書室へ歩いていった。一度振り返って、「とにかく、終わった
  329.  
  330. らかたづけるの。そういうもんだぜ」
  331.  
  332.  余は、カウンターをまわって司書室へ入る長田の後ろ姿にむかって、こうつぶ
  333.  
  334. やいた。「だからまだ終わってないってんだよ」
  335.  
  336.  
  337.  
  338.  翌日、余は教室へ出頭せず、図書室へ直行した。文化祭は部だけではなく、各
  339.  
  340. クラスも実行体となる。余のクラスでは、なんの題材かしらないが劇を体育館で
  341.  
  342. やることにしていて、今日に至るまで毎日練習していたようである。これまで、
  343.  
  344. 部活のほうがあるから、と逃げていた。下手に顔を出すとなにを押しつけられる
  345.  
  346. かわからない。
  347.  
  348.  午前中、長田は姿を現さなかった。結局、むこうの世話を焼いているとみえる。
  349.  
  350. 長田ばかりではない、余がこの空間へ足を踏み入れて以後、誰もきていない。と
  351.  
  352. ても同じ敷地内に千三百人の人間がいるとは思えない。図書室の窓は大きいのだ
  353.  
  354. が位置が高くて、空しかみえない。一般教室棟の様子は皆目わからない。
  355.  
  356.  展示のほうは順調に進み、午後を少しまわったあたりで下書きを終えることが
  357.  
  358. できた。凝れば集中力が発揮できるのであるが、凝り過ぎるとかえって収拾がつ
  359.  
  360. かなくなってしまうおそれがあるので、うまい具合に自分を調整しないといけな
  361.  
  362. い。今回は、まあうまくいっているほうであろう。
  363.  
  364.  外骨のことをしったのは、赤瀬川原平の『外骨という人がいた!』(現在、筑
  365.  
  366. 摩文庫で刊行)によってである。
  367.  
  368.  地学部の猿谷幸雄はいろいろなことに通じているやつだ。なにごとにもおもし
  369.  
  370. ろみを感じることができる性質の人間である。猿谷がおもしろがっていたものの
  371.  
  372. ひとつに、路上観察学がある。JICC出版局の雑誌『宝島』(まだエロ雑誌に
  373.  
  374. なってはいなかった!)をもってきては「VOW!」という街の変なもの紹介の
  375.  
  376. 記事をみんなにみせたり、テレビ朝日の深夜番組『タモリ倶楽部』の一コーナー
  377.  
  378. 「東京トワイライトゾーン」だけをビデオに録画し、部活で上映したりしていた。
  379.  
  380. 本においては赤瀬川原平の『超芸術トマソン』(筑摩文庫)だった。これを彼か
  381.  
  382. ら借りてはじめて読んだとき、おかしくておかしくて笑いがとまらなかった。と、
  383.  
  384. 同時に、街にある役に立たない変なものが、かつての人々の生活の“化石”であ
  385.  
  386. ることをしり、非常に感銘を受けた。それで赤瀬川の他の本を読んでみようと思
  387.  
  388. い、地元の図書館をあたってみたところ、出てきたのが前述の本であった。この
  389.  
  390. ことにより、外骨自体に興味がわいた。次に読んだのが吉野孝雄の『過激にして
  391.  
  392. 愛嬌あり』(筑摩文庫に収録されたが、現在絶版のよう)だった。もっとも激しい
  393.  
  394. 展開をみせた『滑稽新聞』時代の外骨の歴戦のエピソードを連ねた快作である。
  395.  
  396. これで火ついた。もうひとつ、吉野の『宮武外骨』(河出文庫)を読む。これは
  397.  
  398. 九十年に及ぶ外骨の人生をとりあつかったノンフィクションである。外骨の全体
  399.  
  400. 像をしりたいのであれば、これはよい入門書となるだろう。外骨自身は自叙伝を
  401.  
  402. ついに完成させることはなかったのだが、彼の膨大な著作物のなかから文章を選
  403.  
  404. びだし、あたかも彼が書いた自叙伝であるかのように編集した本がある。『予は
  405.  
  406. 危険人物なり 宮武外骨自叙伝』(現在、筑摩文庫で刊行)がそれである。これ
  407.  
  408. と先の『宮武外骨』とは対にして読むとよい。
  409.  
  410.  ついでだから、猿谷のその後について報告しておくと、彼は高校卒業後地元の
  411.  
  412. 市役所の職員となった。泡経済の絶頂で役所の景気がよく、市立博物館が設立さ
  413.  
  414. れることになり、彼はほどなく市役所から博物館へ異動となった。そこには彼の
  415.  
  416. ような事務員のほかに学芸員がいる。その筋から民俗学者・宮本常一の存在を教
  417.  
  418. えられる。彼がはじめて読んだ宮本の本は、岩波文庫『忘れられた日本人』であっ
  419.  
  420. た。これに感動した猿谷は二十五歳のとき博物館を辞め、地方をまわって人々の
  421.  
  422. 生活を記録することをテーマとし、フリーランスのライターとなった。途中、稼
  423.  
  424. ぐために工場でバイトをすることもあったが、記録する仕事はいまだに続けてい
  425.  
  426. る。
  427.  
  428.  下書きが終わったので、ちょうど昼だし、休むことにした。椅子を三つ連ねて、
  429.  
  430. 横になる。一時眠ろうという構え。そのころ、昼飯は食べなかった。学生食堂は
  431.  
  432. 一年のとき数度利用したきりだ。どういうわけか、来る人間に対して用意される
  433.  
  434. 料理の数は少なくて、ちょっとでも遅れるとおにぎりになってしまう。だからた
  435.  
  436. いしてひろくないところへ、大勢の生徒が大変な勢いで押し寄せることとなる。
  437.  
  438. 法螺貝がぷおおぷおおと鳴っていてもおかしくない光景だ。これはいかにも馬鹿
  439.  
  440. 々々しいということで、足をむけなくなった。この他にパン屋が売りにくる。余
  441.  
  442. は「パンはお菓子」という概念の持ち主だから、主食にするわけにはいかない。
  443.  
  444. 弁当を持ってくればよい。そう考え、自分でつくったことがあったが、弁当をつ
  445.  
  446. くるより、朝眠っている時間をより多く確保したほうがよいことに気づいてとり
  447.  
  448. やめた。
  449.  
  450.  椅子の上にうつぶせになる。仰向けには眠ることができない性質だ。すぐに眠
  451.  
  452. 気がわいてきて、くーっと眠った。
  453.  
  454.  
  455.  
  456. 「起きなさい、起きなさい」
  457.  
  458. 「はにゃほ?」
  459.  
  460. 「はにゃほじゃねーよ、この男はまったく」 起き上がると長田葵がいた。
  461.  
  462. 「全然仕上がっていないじゃない、もう三時半だよ」
  463.  
  464. 「……うーむ」
  465.  
  466. 「起きることができないなら、うたた寝なんかするなよなー」長田は自分の腰に
  467.  
  468. 手をあてている。表情は、あきれた、といった感じだ。「ほんと、気にしてこっ
  469.  
  470. ちにきてよかったぜ。ちょっと目ー離すとこうなんだからよー」
  471.  
  472. 「……ふわぁい」余は欠伸をした。身体が強ばっている。「…大丈夫、大丈夫」
  473.  
  474. 「あんたの大丈夫はあてにならないからねー。で、どこまでやったの」
  475.  
  476. 「あ?」
  477.  
  478. 「どこまでやったの!」
  479.  
  480. 「うん、下書きは終わった」
  481.  
  482. 「じゃあ手伝ってあげるから、さあ、やろう」「まだ、一時間半もある……」
  483.  
  484. 「もう一時間半しかねーんだよ!」
  485.  
  486.  長田は模造紙に書いてある下書きにそってマジックを走らせた。紙とマジック
  487.  
  488. の先端が擦れて軽い音を立てる。余も一分ほど遅れて清書にとりかかった。文の
  489.  
  490. 量は結構あって、二人でやっても終わったのは四時十五分近くになっていた。
  491.  
  492. 「文芸部ってどこが割り当てられているんだっけ?」
  493.  
  494. 「この下の美術室」美術部は一般教室棟と特別教室棟の間の渡り廊下に作品を展
  495.  
  496. 示することになっており、美術室はあいていた。このため、生徒会はここを書道
  497.  
  498. 部と文芸部にあてたのだった。「ま、四分の一だけだれど」
  499.  
  500. 「じゃいくよ、ほら、さっさと荷物持って!」
  501.  
  502.  美術室の戸をがらがらとあけると、なかに十人ほど生徒がいた。書道部部員で
  503.  
  504. ある。いっせいにこちらをみた。壁に作品がずらりと貼られている。なるほどう
  505.  
  506. まいものだ。部屋の奥にあいている一角がある。ここが文芸部の領地である。模
  507.  
  508. 造紙をひろげ、ここへ貼る。余の背丈は百六十五センチメートルである。長田葵
  509.  
  510. の背丈はこれに匹敵する。余の自室は畳敷きで普段あまり椅子に座らないから、
  511.  
  512. その宿命として猫背が身についてしまった。一方、長田は常にしゃんと背筋をの
  513.  
  514. ばしているから、並んで歩くとこっちが低いぐらいにみえる。しかし、模造紙を
  515.  
  516. 壁へ貼るときぐらいは余も背筋をのばす。長田の背丈が同程度で利益を感じるの
  517.  
  518. は、こういうときぐらいであろう。貼り終わると、長田が書道部のところへいっ
  519.  
  520. て、あまっていた机を二つ借りてきた。一つに宮武外骨の関連図書を並べる。い
  521.  
  522. ま一つは戸口脇へ壁の展示とむかいあうように配置した。ここで『赤れんがの家』
  523.  
  524. を販売する。手前の入り口から入った客は書道部の作品を眺めながら部屋の奥へ
  525.  
  526. 進み、最後に文芸部の展示の前を通ってもう一方の戸口から廊下へ出る。うまく
  527.  
  528. みてくれるかどうかは無論わからない。
  529.  
  530.  図書室へ戻る。あいかわらず利用者がいない。司書室へ入る。司書の先生はい
  531.  
  532. たが、安井先生は不在である。安井先生は吹奏楽部の顧問でもある。そっちへ出
  533.  
  534. ているのだろう。先生の机の上には茶色い紙で包まれた四角いものが二つ置かれ
  535.  
  536. ている。上にはメモ書きがしてあって「赤れんがの家」とある。
  537.  
  538. 「これは明日運べばいいよ」余は長田にむかっていった。「これこそ盗まれたり
  539.  
  540. したら大変だ」
  541.  
  542.  余は一方の梱包を軽く破いた。そして三冊だけ取り出した。A五版の冊子であ
  543.  
  544. る。今年は表紙に水色の色紙を用いている。これでもきちんと活字印刷だ。三百
  545.  
  546. 冊で十六万ほどかかる。部費はこの印刷費で使いきってしまう。あとの十万円は
  547.  
  548. 商店街から広告を取ってまかなっている。印刷所は安井先生と懇意のところだ。
  549.  
  550.  毎年のことではあるが、こうして活字印刷されたものを手にすると、ぞくぞくっ
  551.  
  552. と興奮が全身を駆けめぐる。余にとってはじめての活字印刷は、この『赤れんが
  553.  
  554. の家』だった。書くことがすきで、中学のときにも学校の印刷機を借りて冊子を
  555.  
  556. つくっていたが(中学の恩師・国語の栗林先生もまた小説を書いていたくちで、
  557.  
  558. 印刷機の使用を許してくれた)、それは謄写版であった。そのころはもう原稿を読
  559.  
  560. み取ってそれと同様に原紙を削る機械があったから、直接原紙をボールペンで削
  561.  
  562. ることはなかったが(鉄筆は使わなかったなあ)、ワープロが一般に普及する前だっ
  563.  
  564. たから結局原稿は手書きであった。だから、余は見栄えのよい活字印刷に憧れた。
  565.  
  566. 高校に入ったら文芸部に入るのだと、早い時点できめていた。この高校へ学校見
  567.  
  568. 学にきたとき、唯一確認したことが「文芸部の有無」であった。一年のとき、自
  569.  
  570. 分の文章がはじめて活字になったのをみて、涙がわいて出た。うれしくて、しば
  571.  
  572. らくの間、ひまがあるとひっぱり出して用もないのに眺めていた。このときの感
  573.  
  574. 動はいまも鮮明に覚えている。また、忘れてはいけないものであろう。
  575.  
  576.  一冊を自分のものとし、あとの二冊を司書の先生と長田へ渡す。
  577.  
  578. 「いいの?」と、長田がきいてくる。
  579.  
  580. 「身内だからいいよ。どうせ、かなりの数あまるのだし」
  581.  
  582.  しばらく司書室にいて三人で本について駄弁った。
  583.  
  584.  美術室へもどって、書道部に「もうもどらないから鍵をかけてしまってくださ
  585.  
  586. い」という。それから理科室へいく。「今日はきっちり五時でひきあげろよ。残っ
  587.  
  588. ているとうるさいこといわれるからな」と長田が地学部部員へ注意する。
  589.  
  590.  五時、鐘が放送を通じて鳴る。正門の右に鐘の塔が立っているが、こいつは動
  591.  
  592. かない。すっかり記念碑になってしまっている。地学部員と連れだって出る。方
  593.  
  594. 向がおのおのあるから、歩を進めていくうちに櫛の歯がぬけるように消えてゆく。
  595.  
  596. 最後に電車通学の余と長田が残った。
  597.  
  598.  
  599.  
  600. 「なんかこのまま帰るのはしゃくだなあ」と長田がいいだした。こういうときは
  601.  
  602. なにか食べたいという状態である。
  603.  
  604. 「和泉屋にしようか」和泉屋とは、高校前の通りにあるうどん専門店である。昔
  605.  
  606. からある。古い民家がそのまま店となっている。看板は出ていなくて、入口の磨
  607.  
  608. ガラスに崩し文字で店名が書いてあるだけだから、なかなか気がつかない。馴染
  609.  
  610. みの客しかこないだろう。しかし、入りはよくて、昼時などは座敷がいっぱいに
  611.  
  612. なってしまう。
  613.  
  614. 「でもそれだと、引き返さなきゃならない」と、いいつつも、長田の足は止まり、
  615.  
  616. 振り向いていた。彼女はうどんが大好物だ。とくに和泉屋のがすきで、学校帰り
  617.  
  618. によくいった。「たいした距離じゃないだろう」助け舟を出す。
  619.  
  620. 「そ、そうね。じゃあ行こうぜ」
  621.  
  622.  あまりにうれしそうな顔なので、「やっぱやめようか」と意地悪くいってみた
  623.  
  624. くなったが、まあやめておいた。
  625.  
  626.  和泉屋の戸をがらりをあけたのは、無論長田である。入ると土間が奥までいっ
  627.  
  628. ている。左手に座敷、右手に厨房がある。レジは奥にある。座敷にはテーブルが
  629.  
  630. 六つ、二つずつ三列にならんでいる。茶色のやや色あせた座布団が点在している。
  631.  
  632. 柱や壁が黒光りしている。古びた振り子時計が天井近くで、かこっかこっと時を
  633.  
  634. 刻んでいる。通りに面した窓は磨ガラスで、格子がうっすらみえる。客は他にい
  635.  
  636. なかった。たまたま間があいたのだろう。長田は沓脱ぎできちんと靴を揃えて座
  637.  
  638. 敷へあがった。余もそうせざるを得ない。
  639.  
  640. 「いらっしゃいませー」と、まるまるとした中年の女性が奥から出てきた。丸盆
  641.  
  642. には茶が乗っている。品書が出てこないのは、常連客ばかりだからだろう。
  643.  
  644. 「私、鴨南蛮。あんたは?」
  645.  
  646. 「ん、ああ、同じで」
  647.  
  648. 「鴨南蛮二つ」
  649.  
  650. 「お願いします」
  651.  
  652. 「はい、どうも」中年の女性はひっこんだ。
  653.  
  654.  鴨南蛮はじきにきた。黙って食べた。食べ終えて、長田が軽くハンカチで口を
  655.  
  656. 拭う。それから茶を飲む。一息ついて、
  657.  
  658. 「明日、人くるといいね」
  659.  
  660. 「うーん、まあでも、たいして期待できないね」
  661.  
  662. 「なーんだよー、やる前から弱気でどうすんだよー」
  663.  
  664. 「毎年そうだからなあ。元文芸部がちょこっとくる程度だよ。人がこないことが、
  665.  
  666. 人のこないことの理由になっちゃっているんだよなあ。誰もよりつかないところ
  667.  
  668. には、足が遠のくものだろう。それが女子ならまだしも、野郎が一人陣取ってい
  669.  
  670. るんだ、なかなかなかなか」
  671.  
  672. 「じゃあ、どかーんと女の子ひきつれていってやろうか」
  673.  
  674. 「く、くるな、くるなっ!」
  675.  
  676. 「なーんだよー、それはー」
  677.  
  678. 「フォークソング部じゃあるまいし、人集めてどうするんだよっ!」
  679.  
  680. 「じゃあ、あんたの代わりに椅子に座って売り子をやってあげようか」
  681.  
  682. 「あなたは地学部の部長でしょうが!」
  683.  
  684. 「あー、そうかい、そうかい。ほんと、文句が多い殿様だぜ」
  685.  
  686.  長田は荷物を持って席を立った。こちらも腰をあげる。沓脱ぎで追いついて、
  687.  
  688. 並んで靴を履いた。むこうが奥へいき、二人分のうどんの代金を払う。余は外へ
  689.  
  690. 出て、財布から自分の分の小銭を用意した。出てきたところへ手を突き出して渡
  691.  
  692. す。長田はそれを丸い合成革の小銭入れへおさめた。
  693.  
  694.  ちなみにこの小銭入れは、いまから三年前、すなわちこのときより七年後にと
  695.  
  696. めがねが馬鹿になって御役御免となる。それまで、こうして余が精算する小銭を
  697.  
  698. 飲み込み続けた。
  699.  
  700.  
  701.  
  702.  余等が使う駅は、都内からのびるその路線の終着駅であるのと同時に、ここか
  703.  
  704. らさらに山奥へいく路線の起点でもある。だから、まわりが寂れている割にホー
  705.  
  706. ムがたくさんあって立派である。昔は人間よりも貨物のほうが主流を成していた。
  707.  
  708. 都会からは肥料に使う人糞を運んでいた。「肥溜め列車」といわれていたようだ。
  709.  
  710. 余が生まれたころには水洗がだいぶ普及していたから、もう「肥溜め列車」はな
  711.  
  712. くなっていただろう。山奥には全山石灰岩でできた山がある。東京からもっとも
  713.  
  714. 近いセメント供給地として高度成長期の土木工事を支えた。最盛期には月産六十
  715.  
  716. 万トンを数えた。このときは、山が小さくなってゆくのが目にみえてわかったと
  717.  
  718. いう。余が高校生だったころは、だいぶおとなしくなったもののまだ石灰石運搬
  719.  
  720. が行なわれていて、よく引き込み線に石を満載した貨車が止まっているのをみた。
  721.  
  722. この私鉄が完全に貨物運送をやめるのは、卒業後数年経ってからのことである。
  723.  
  724.  和泉屋を出てから、田上一誠堂という書店によった。「タガイチ」と四音短縮
  725.  
  726. で平素呼ばれるその書店は、各学校の教科書を一手に扱っている、この町で一番
  727.  
  728. 大きい書店であった。このころの余は、自分がよくいく書店の文庫本の棚を丸暗
  729.  
  730. 記していた。タガイチもそのひとつであった。背表紙を眺めているうちに覚えて
  731.  
  732. しまったのだ。なぜ文庫本に限るかというと、お金がなかったためハードカバー
  733.  
  734. の棚にはよりつかなかったからである。いまでは脳がだいぶ衰退したようで、自
  735.  
  736. 分の部屋の書棚の内容でさえあやうい。ないと思って買ってきたらあにはからん
  737.  
  738. や書棚に同じ名の背表紙を持つ御仁がおさまっている、ということが、近年、幾
  739.  
  740. 度かあった。そのたびに、かかあ大明神様は「なにやってんだよー。しっかりし
  741.  
  742. てくれよなー、大将」と怒る。
  743.  
  744.  余談ながら、その後のタガイチの運命を記そう。余の高校のころは、ご存じの
  745.  
  746. ように泡経済の絶頂であった。タガイチはこのころ不動産業にのりだし、マンショ
  747.  
  748. ンを建てた。これが失敗する。タガイチは本店と二つの支店の書店部門と印刷部
  749.  
  750. 門とから成っていたのだが、これにより印刷部門以外をすべて手離さざるを得な
  751.  
  752. くなった。買収先は、書店そのものは堅実経営であったことから、書店名から
  753.  
  754. 「田上」をとったのみでそのまま存続させた。
  755.  
  756.  タガイチへよったため、改札をとおったときにはすでに六時半をまわっていた。
  757.  
  758. 駅前の一筋の商店街のみが「人混み」を感じられる唯一の空間だったから、あと
  759.  
  760. はたいてい暗闇だ。人家は無数にある。しかし、街灯の数がとぼしいから、とて
  761.  
  762. も寂しい。ホームの光はそうした暗闇に吸い込まれているかのように、距離を経
  763.  
  764. るにつれ急速に弱まっていった。かろうじてうっすらとみえる引き込み線のむこ
  765.  
  766. う側に、漆黒の壁があるかのようだった。
  767.  
  768.  これが一対四対九の直方体であったとしたら、余等は木星へ旅立たねばならな
  769.  
  770. いだろうが、ここは月面上ではないのでまずその心配は無用だ。
  771.  
  772.  しばらく待つと、電車がやってきた。ここで降りる客はかなりいたが、乗り込
  773.  
  774. む者はそういない。余はここより四つ目の、長田はそれより一つ手前の駅まで乗
  775.  
  776. る。いつも乗る場所は後方より二両目である。これは、どちらの駅もそのあたり
  777.  
  778. がもっとも改札に近い構造をしているからである。
  779.  
  780.  長田のほうが先に降りるのが道理である。しかし、降りずに次の駅、すなわち
  781.  
  782. 余が降りる駅までそのまま乗り、一緒に降りて反対側のホームへ移り、折り返し
  783.  
  784. て帰る、ということをよくやった。そう都合よく下りの電車がくるわけではない
  785.  
  786. ので、その間、余も残って話の相手をすることになる。はじめのうちは「さいな
  787.  
  788. らー」と無邪気に帰っていたのだが、そのたびに妙な顔をする。妙な顔をした人
  789.  
  790. 間を残していくのは、いささか心苦しい。
  791.  
  792.  相手は明晰な頭脳の持ち主だが、電車にだけはどういうわけか弱い体質で、つ
  793.  
  794. い降り忘れてしまうのだろう。初期のころ、そう結論づけて「おい、駅ついたよ」
  795.  
  796. と親切心を起こして注意してやっていたことがあった。そういうとき、長田は黙っ
  797.  
  798. ていた。あるとき、別件でたまたま機嫌があまりよくなかったところへ注意した
  799.  
  800. ら、その途端「そんなこたぁわかってらぁ、このぼんくらっ!」と爆発した。
  801.  
  802. 「さいならー」もあと数度繰り返したら、同様の爆発を起こした可能性がある。
  803.  
  804.  この日も長田は乗り越しをした。人がぱらぱら降りて、改札をとっとと通って
  805.  
  806. ゆく。余等のみが跨線橋をあがって、下りのホームへとむかう。この跨線橋は、
  807.  
  808. 高校在学中に駅が改装したときにできたものである。それまでは構内踏切が、上
  809.  
  810. りと下りのホームを結んでいた。
  811.  
  812.  このあたりで、線路は大きく曲がっている。駅は、線路によって描かれた弧の
  813.  
  814. ほぼ頂上にある。このため、ホーム自体も陸上競技のトラックのごとく湾曲して
  815.  
  816. いる。余等がいまいる下り側が内側だ。無論、入ってくる電車は内側へ傾いてい
  817.  
  818. る。ホームと電車の間は大変に離れている。どのくらい離れているかというと、
  819.  
  820. 成長しきった高校生男子の足がすっぽりと入るくらいに、である。これは余が経
  821.  
  822. 験した事実だからまちがいない。ある朝、電車に乗りこもうと踏み出すとあには
  823.  
  824. からんや、そのおそるべきクレバスに踏み込んだ片足がすうっと吸い込まれるで
  825.  
  826. はないか。残っていた反対の足でなんとかとどまり、車内へ体を引き上げた。も
  827.  
  828. しも雀のように両足揃えてぴょんぴょん跳ねていたのであれば、完全にホームの
  829.  
  830. 下へ転落していたことであろう。あなおそろしや。
  831.  
  832.  跨線橋を降りてすぐのところにベンチがある。椅子が朱色と空色とに交互に並
  833.  
  834. んでいるやつだ。そこへ座る。下りのホームには、学生が二、三、集団をつくっ
  835.  
  836. て点在していた。どれもだいぶ離れている。話し声は聞こえるが、なにを言って
  837.  
  838. いるのかまではわからない。
  839.  
  840.  天井からつるされた蛍光灯が、ホームの湾曲を綺麗に描く二つの点線となって、
  841.  
  842. 視界の際まで走っている。余はこころもち顎をあげて、これを眺めていた。
  843.  
  844. 「明日はいよいよ文化祭だ」長田がいう。
  845.  
  846. 「そうだねえ」まぎれもない事実だから首肯せざるを得ない。
  847.  
  848. 「文化祭を過ぎれば、もうおしまいだ」
  849.  
  850. 「なにが?」
  851.  
  852. 「なにがって、……引退するんだよ」
  853.  
  854. 「文化部にも引退があるのか」
  855.  
  856. 「そりゃああるだろう。運動部は夏の大会で、文化部は秋の文化祭で、というの
  857.  
  858. が普通だろう」
  859.  
  860. 「そんなこと考えてもみなかった」
  861.  
  862. 「あんたは代替わりして部長になったわけじゃないからね。入ったときには先輩
  863.  
  864. がいなかったのだろう?」
  865.  
  866. 「厳密にいうとひとりいたよ」
  867.  
  868. 「え、うそぅ」
  869.  
  870. 「安井先生が『次の一年生が入ってくるまで部員になってくれないか』と頼んで、
  871.  
  872. 図書室に出入りしていた女の子をひとり名義上入部させていたんだ。さすがに部
  873.  
  874. 員零人ではつっぱれないからね。その人は詩を書く人で、一昨年の『赤れんがの
  875.  
  876. 家』にも載っている。筆名は壇の浦小町。帰ったらみてごらん」余は、その筆名
  877.  
  878. をきいた先生が、あんたも凄い名前をつけたねえ、と笑って女の子に感想を述べ
  879.  
  880. たのを、思い出しながらいった。
  881.  
  882. 「しらなかったなあ。あそこに出入りしている人間ならたいていしっているつも
  883.  
  884. りだったけれども」
  885.  
  886. 「みかけたことはあるかもしれないよ。背はちっちゃくて、丸顔で色白で、大福
  887.  
  888. みたいな人だった。僕も四、五回あっただけだ。まあ名義上のつなぎの部員だか
  889.  
  890. ら、出てこなくてもしかたないのだけれども。三年生で、いろいろ忙しかったの
  891.  
  892. だろう」
  893.  
  894.  長田は少し目をつむって思い浮かべようとしていたが、断念して「うーん、やっ
  895.  
  896. ぱわからないなあ」
  897.  
  898. 「で、地学部の次期部長は誰になるの」
  899.  
  900. 「中沢」
  901.  
  902. 「麻雀ばっかしてるじゃないか。あいつがハンマーとノミを持っているところを
  903.  
  904. 想像するのは難しいぜ」
  905.  
  906. 「させりゃあきちんとするやつなんだよ、あれでも」長田はいった。「それに二
  907.  
  908. 年のなかでは一番ハンマーを握っているよ。化石掘りは一度も休んだことはない。
  909.  
  910. 天体観測のときもしかりだ」
  911.  
  912. 「ふーん、そうか」
  913.  
  914. 「これはまだいっちゃあ駄目だぜ。地学部では文化祭の打ち上げのとき発表する
  915.  
  916. のが伝統なのだから」
  917.  
  918. 「はいはい」余はいった。「しかし、ほんと、どうするんだろうなあ、うちは。
  919.  
  920. 一子相伝だから、卒業までなのかなあ」
  921.  
  922. 「一子相伝って、あんたのところは師弟関係なんかい!」
  923.  
  924.  実際、文化祭が終わってしまえば、余等三年生にとって、学校行事は卒業式の
  925.  
  926. ほかはない。いかに呑気な校風でも進路の話一色になる。シューティングゲーム
  927.  
  928. の強制スクロールのように、毎日が生徒の事情に関係なく過ぎ去ってゆくことに
  929.  
  930. なる。追い出すほうも追い出されるほうも、一生懸命にならざるを得ない。
  931.  
  932.  長田は足を先のほうで軽く組んだ。右手で懐中時計を取り出す。しかし、みる
  933.  
  934. というわけではない。少しの間、カチッカチッと蓋を開閉させてもてあそんだの
  935.  
  936. みだ。
  937.  
  938. 「あんた、進路は?」
  939.  
  940. 「長田さんは大学へいくのかい?」
  941.  
  942. 「ううん、就職だよ。あんたは?」
  943.  
  944. 「まあ、進学っていうことはないね。赤点王が受験したら天変地異が起こりかね
  945.  
  946. ない。就職のほうもなあ…。僕の場合、卒業できるかどうかという問題がまずあっ
  947.  
  948. て、進路どころの騒ぎではないさ。三年連続追試の事態もなくはない。予断を許
  949.  
  950. さない情勢」
  951.  
  952. 「もう……、どうするの」
  953.  
  954. 「純粋に卒業するだけだろうね。まあ、その先のことは、バイトでもしながら考
  955.  
  956. えるよ」
  957.  
  958. 「追試、大丈夫なの」
  959.  
  960. 「まっとうに点数を取っている人にはわからないと思うけれども、追試は実際の
  961.  
  962. ところ試験じゃないんだ」
  963.  
  964. 「試験じゃない?」
  965.  
  966. 「うん。追試となった生徒は単位不足だった科目の補習を受ける。基礎をみっち
  967.  
  968. り教え込まれたあと、追試で出る問題を暗記するまでやらされる。数学の中峯は
  969.  
  970. 嫌味なことをいうやつだけれども、こっちが公式を不思議がっていると『なんで
  971.  
  972. そうなるとか、そういうことは数学者にまかせておけばいいんだ。おまえはとり
  973.  
  974. あえず追試クリアしなくちゃいけない立場なんだから、そういう哲学をせずに、
  975.  
  976. ただ解けばいいんだよ』といって、暗記するまでつきあってくれた。まあ、それ
  977.  
  978. はそのとおりだよなあ。
  979.  
  980.  むこうだって、落とすつもりでやっているわけじゃないからね。『試す』とい
  981.  
  982. う感じじゃないんだよ。きちんと毎日補習を受けること自体が、単位獲得のノル
  983.  
  984. マみたいなもんで」長田が心配そうにしているので、言葉を付け足す。「大丈夫、
  985.  
  986. 大丈夫。場慣れしてんだから。余裕、余裕」
  987.  
  988. 「あんたの大丈夫はあてにならないからねー」とくると思ったが、長田はなにも
  989.  
  990. いわずに黙ってしまった。再び、時計の蓋をカチカチさせはじめた。なんだか空
  991.  
  992. 気が重い。なにを考えこんでいるのだろうか。なにがいいたいのだろうか。
  993.  
  994.  五分ほど沈黙は続いた。長田は蓋をしめ、時計をベストのポケットにしまった。
  995.  
  996. 組んでいた足をひいて、椅子の下へやる。両手で椅子の縁をもつ。そして足を振
  997.  
  998. り出して反動をつけ、ぽんと前へ軽く飛んだ。すくっと立つ。そのまま、後ろに
  999.  
  1000. いる余をみずに、対岸のホームをむいたまま、言葉を発した。
  1001.  
  1002. 「ま、卒業したからといって、それが今生の別れになるわけでなし、会おうと思
  1003.  
  1004. えばいつでも会えるよな」
  1005.  
  1006.  その言葉をきいた瞬間、余のすべての脳細胞をなにかが猛烈な勢いで駆け抜け
  1007.  
  1008. た。そして、余は相転移を起こした。あたりまえのように繰り返してきた毎日の
  1009.  
  1010. 生活、永久にあるかのように思っていた友との親交。しかしそれらは、やがて
  1011.  
  1012. 「高校のころ」と一言で表現される凍結した時間帯=過去となる。「もうおしま
  1013.  
  1014. い」と長田が嘆息した意味が、ようやくわかった。
  1015.  
  1016.  長田の心情が、わかった。だから、余は、長田が本当にいいたかったことを、
  1017.  
  1018. こちらの発言としていうことにした。
  1019.  
  1020. 「そうかな」余は光の点線の行方に視線をやって、彼女をみないでいった。「人
  1021.  
  1022. と人との出会いは偶然がなせる技、日々はそうした奇跡に満ちている。あたりま
  1023.  
  1024. えに存在することなんて、ない。いつ離れ々々になるかわからないのが、この宇
  1025.  
  1026. 宙の法則。だから、離れ々々にならない約束として、いとしい人と恋人になるの
  1027.  
  1028. だろう」
  1029.  
  1030.  
  1031.  
  1032.                                      2
  1033.  
  1034.  
  1035.  
  1036. 「起きなさい、起きなさい」
  1037.  
  1038. 「はにゃほ?」
  1039.  
  1040. 「はにゃほじゃねーよ、この男はまったく」 余が布団から上半身を起こすと、
  1041.  
  1042. かかあ大明神様がこんこんと頭を軽くたたいてきた。「……ふわぁい……あーあ、
  1043.  
  1044. 会社いきたくないなー……やめちゃおうかなあ…」
  1045.  
  1046. 「あんたは休みあけになるとやめたくなるねえ。いつだったか、お母さんにきい
  1047.  
  1048. たけど、高校のときもそうだったのだろう」
  1049.  
  1050. 「……うーむ」
  1051.  
  1052. 「はいはい、起きて、起きて。もう七時になるよ。七時半には出るんでしょ」
  1053.  
  1054. 「……あと三十分もある」
  1055.  
  1056. 「もう三十分しかねーんだよ!」
  1057.  
  1058.  起き上がって、台所へと歩を進める。余は寝間着を着ない。Tシャツに短パン
  1059.  
  1060. である。Tシャツは、父親がタイへ長期赴任をして帰ってきたときの土産で、寺
  1061.  
  1062. 院のようなものが印刷されている。割といい布地である。冷蔵庫をあけ、まず麦
  1063.  
  1064. 茶を一杯飲む。喉がからからに乾いていた。
  1065.  
  1066.  食器棚からどんぶりを取り出す。御飯をよそう。次に椀を取り出す。頭がまだ
  1067.  
  1068. ぼんやりしているから、必要なものを棚から一度に取り出せばよいということが
  1069.  
  1070. とんと思いつかぬ。味噌汁は、なめこと豆腐のやつだ。余はきのこが大好物であ
  1071.  
  1072. る。なめこの味噌汁が朝から飲むことができるとは、実に喜ばしい。椀によそう。
  1073.  
  1074. それから、冷蔵庫から納豆を取り出す。パックから小皿にあけ、削り節と青海苔
  1075.  
  1076. と葱を加え、醤油をかける。余はあまりかきまぜない。これらをお盆へ順次のせ
  1077.  
  1078. る。そして、隣りの茶の間へ運んだ。
  1079.  
  1080.  
  1081.  
  1082.  余は現在、桜華エアゾールの工場で長期バイトをしている。今年で四年目に突
  1083.  
  1084. 入した。工場は隣町にある。電車で二駅先だ。雨の日以外は自転車で通勤してい
  1085.  
  1086. る。交通費が支給されるのは準社員までだ。出勤に電車を毎度使えば、一年で十
  1087.  
  1088. 万円近く自腹を切らねばならない。これは実に馬鹿々々しい。
  1089.  
  1090.  この工場にくる前は、フリーライターの雑用を一年ほどしていた。高校を卒業
  1091.  
  1092. して四年後(結局、期末試験でふんばってなんとか単位を取得し、追試を回避す
  1093.  
  1094. ることができた)、高田馬場にある記者養成の専門学校へ入学した。宮武外骨につ
  1095.  
  1096. いて調べることは、近代ジャーナリズムの歴史を学ぶ作業でもあった。そのう
  1097.  
  1098. ち、ジャーナリズムそのものに憧れを感じるようになった。それで親に頼んで、
  1099.  
  1100. その神田川沿いにある学校にいかせてもらうことにしたのだった。そこで御頭の
  1101.  
  1102. ことをしった。御頭は、もともとここへマスコミを目指す若者の実体を取材しに
  1103.  
  1104. きたのだが、「あなた、自分だけものを得ようなんて都合がいいわよ。今度はあ
  1105.  
  1106.  
  1107. たが学生へ教えなさい」と老練な主任講師(この御方も学校の外ではフリーのジャ
  1108.  
  1109. ーナリストである)に丸め込まれて、週刊誌のライターの実体験を教える講義を
  1110.  
  1111. 持たされてしまった。余が入学したとき、御頭は講師業二年目であった。講義で
  1112.  
  1113. は単に講師と学生の間柄であったのだが、翌年の夏、御頭の仕事を手伝ったのが
  1114.  
  1115. きっかけで親しくなった。卒業するとき「先がきまっていないのならば、データ
  1116.  
  1117. マンとして一年間だけ面倒をみてやろう」といわれ、好意に甘えることにした。
  1118.  
  1119. 本当はその一年間のうちにライターとしての基礎を学び、独立の準備をしなけれ
  1120.  
  1121. ばならなかったのだが、余は結局、期限がきて事務所を退所するとそのままジャ
  1122.  
  1123. ーナリズムの世界から撤退した。
  1124.  
  1125.  あの言葉をいったとき、長田がどういう反応をしたのか、わからない。そのま
  1126.  
  1127. ま両者とも黙っていたら、電車が定刻より一分ほど遅れてホームへ雪崩込んでき
  1128.  
  1129. た。長田がベンチへ戻ってきて荷物を取る。そして、電車へ乗り込む足音が聞こ
  1130.  
  1131. えた。プシューッと空気圧の音がして、扉が閉まる。電車が動きはじめてから眼
  1132.  
  1133. をこわごわむけると、長田が妙な顔をして車窓からこちらをみているのがみえた。
  1134.  
  1135.  長田は、水晶振動の会社へ就職した。余はバイトをしながら、市立図書館へ通っ
  1136.  
  1137. て、本を読み漁った。そして、時間を互いにつくって、会った。しかし、余等の
  1138.  
  1139. 間柄が恋仲であるのかどうか、いま一つ判然としなかった。あの日いった言葉が、
  1140.  
  1141. 余等を静止軌道上にとどめさせているのは明確であったが、そのあとに続くべき
  1142.  
  1143. 言葉をなかなか口にすることができなかった。
  1144.  
  1145.  ライターの雑用をしていたときは忙しくて、なかなか会う機会をつくることが
  1146.  
  1147. できなかった。代用として電話で話をしたが、やはり姿のみえない状態では互い
  1148.  
  1149. に気持ちを伝えあうのに難があった。話がとぎれがちになり、電話の本数も減っ
  1150.  
  1151. ていった。
  1152.  
  1153.  御頭の事務所での余の最後の仕事は、朱鷺であった。そのころ、御頭は週刊誌
  1154.  
  1155. に「一年経ってみたものの…」という不定期連載記事を持っていた。これは、発
  1156.  
  1157. 生して一年経った出来事を取材し、その間、どういう展開があったのか報道する
  1158.  
  1159. というものである。
  1160.  
  1161.  一九九五年四月三十日午後五時台、日本の朱鷺としては最後の雄《緑》が死亡
  1162.  
  1163. した。《緑》は直前に中国から借りていた雌との間に五個の卵をつくっていたが、
  1164.  
  1165. すべて孵化しなかった。最後の一羽となった雌の《キン》は高齢のため繁殖能力
  1166.  
  1167. を失って久しい。したがって、この時点で日本産の朱鷺の絶滅が確定した。
  1168.  
  1169.  余は一九九六年二月末から朱鷺に関する資料を集めはじめた。取材というと、
  1170.  
  1171. 取材対象者との打打発止を思いうかべる人が多いが、実際は図書館、資料室など
  1172.  
  1173. での資料漁りが作業の多くをしめる。よく使ったのが、自分が住んでいる地元の
  1174.  
  1175. 市立図書館である。三十万冊程度の規模の図書館でも基礎資料の収集には役立つ
  1176.  
  1177. ことが多い。そこで得られないものは都内の大規模な図書館へいくか、専門の資
  1178.  
  1179. 料室へゆく。たとえば、各省庁のなかには専門の図書館がある。場所にもよるが、
  1180.  
  1181. たいてい一般の人間も利用可能である。余の場合、厚生省図書館と科技庁図書館
  1182.  
  1183. へよくいった。市ヶ谷にあった厚生省統計情報部の資料室は、一時通っているに
  1184.  
  1185. 等しい状態であった。国立国会図書館は日本最大の図書館であるが、使い勝手が
  1186.  
  1187. 悪い。頼んだ資料が書庫から出てくるまでに何十分もかかる。複写の料金が高く、
  1188.  
  1189. 枚数制限もある。だからここはほかにないときだけ使った。
  1190.  
  1191.  三月半ばのある日、上野動物園にいた。上野動物園は東園と西園から成る。両
  1192.  
  1193. 園はイソップ橋という歩道橋によって結ばれている(モノレールもある)。東園か
  1194.  
  1195. ら西園へ橋を渡ると、すぐ脇に「動物園ホール」と壁に文字をはられたタイル張
  1196.  
  1197. りの二階建の建物が建っている。この建物の二階に東京動物園協会の資料室があ
  1198.  
  1199. る。余の所在はここであった。
  1200.  
  1201.  物事を把握するには、時系列に資料を収集するのが一番である。その点では新
  1202.  
  1203. 聞や雑誌というのは、とてもよい素材である。新聞や雑誌の記事が、絶対にまち
  1204.  
  1205. がえないことが一つだけある。それは、発行年月日である。内包する情報に誤報
  1206.  
  1207. がたとえあったとしても、その記事がいつの時点のものなのか、という点に関し
  1208.  
  1209. てはゆるぎない記録として残っている。これが予備取材においてきわめて重要な
  1210.  
  1211. てがかりとなる。
  1212.  
  1213.  得た資料が、いつ、どこで、誰が、なにを、どうしたか、という事実の基礎要
  1214.  
  1215. 素をきちんとふまえて書かれているとはかぎらない。綺麗な装丁につつまれてい
  1216.  
  1217. るからといって、内部の文章がまともなものだという保証はない。買ってきた本
  1218.  
  1219. のそれぞれが食い違ったことを書いている場合もある。それはそうめずらしい事
  1220.  
  1221. 態ではない。幾度失望のため、首がカックンと折れたことか。
  1222.  
  1223.  こうした資料の泥沼のなかで基礎となり足場となるのが、時系列に堆積した新
  1224.  
  1225. 聞や雑誌のベタ記事群なのである。これらは下手なルポルタージュ作品よりもは
  1226.  
  1227. るかに役立つ。
  1228.  
  1229.  東京動物園協会は、動物の生態やその飼育方法を記事とした『動物と動物園』
  1230.  
  1231. という月刊誌を出している。創刊は一九四九年七月(十七号までは『動物園新聞』
  1232.  
  1233. という題名)。一般むけではあるが、飼育者や研究者によって割と詳しく書いてい
  1234.  
  1235. る。資料室には『動物と動物園』が創刊号から半年ごとに合本されて揃っていた。
  1236.  
  1237. 約半世紀の間に堆積したそれらは、動物学のまさに「知の地層」といえた。そこ
  1238.  
  1239. から朱鷺について書かれた記事を採取すれば、その時々の朱鷺の研究がどのよう
  1240.  
  1241. なものであったか、しることができる。
  1242.  
  1243.  余は附箋の束を片手に持ち、合本のなかを探索した。記事をみつけると、束か
  1244.  
  1245. ら一枚はがしてそのページへはりつけた。そして附箋をつけた本が数冊たまると、
  1246.  
  1247. 部屋を出てすぐ脇にある複写機で複写した。複写物には、資料名、著者名、発行
  1248.  
  1249. 団体、版刷、価格、入手場所といったデータをいちいち書き込む。
  1250.  
  1251.  複写機に陣取って次々に複写していると、腰につけていた携帯電話がぶるると
  1252.  
  1253. 震えた。そのまま空身で外へ出て、電話に出る。相手は長田であった。「どうし
  1254.  
  1255. たの?」と問うと、今日、有給休暇をとった、家に電話したら家人が東京へ出て
  1256.  
  1257. いるといったので、とりあえず池袋まで出てきている、という。
  1258.  
  1259.  長田とはもう一ヶ月強会っていなかった。
  1260.  
  1261. 「いま、僕は上野動物園で資料漁りをしている。池袋から上野へは二十分程度で
  1262.  
  1263. つくだろう。余裕をもって四十分後に、正門を入ったところで待ち合わせよう。
  1264.  
  1265. そのころには、こちらも目処をつけることができるだろう」
  1266.  
  1267.  二十分後、複写した紙束をDパックにおさめ、資料室を出る。自然に駆け足に
  1268.  
  1269. なっていた。補足すると、ここで登場するDパックと、高校のときに使用してい
  1270.  
  1271. たDパックは同一のものである。このDパックは、チャックの歯がところどころ
  1272.  
  1273. 欠落して閉まらなくなって一九九九年春に退役するまでの十五年間、文字どおり
  1274.  
  1275. 余の背後にぴったりとついて常に行動を共にした。
  1276.  
  1277.  四十分が経過するよりも前に正門前に着いたのだが、長田はすでにいた。クリ
  1278.  
  1279. ーム色のセーターを腕まくりしている。下は細いジーンズだ。髪は例によって後
  1280.  
  1281. ろで一つに束ねてある。靴はややくたびれた(しかし、綺麗にしてある)スニー
  1282.  
  1283. カーだ。右肩にかけている緑のDパックにはたいしたものは入ってないようだ。
  1284.  
  1285.  むかいあう。長田は妙な顔をしている。こちらをあまりみない。思っていた以
  1286.  
  1287. 上に余等は離れてしまっていたのだ、と実感した。
  1288.  
  1289.  これが最後の機会なのだ、と悟った。
  1290.  
  1291. 「仕事は?」長田がいった。
  1292.  
  1293. 「うん、まあだいたい終えたよ」
  1294.  
  1295. 「だいたいって…、切り上げたの?」
  1296.  
  1297. 「気にしなくっていいよ。ここにはどうせまたこなくちゃならない」余はくるり
  1298.  
  1299. とむきをかえて、長田の横に立った。「せっかくきたんだ、なかをみていこう。
  1300.  
  1301. 閉園までにはまだ間がある。それに、動物園にきたというのに、僕は紙の資料し
  1302.  
  1303. か目にしていないんだよ」
  1304.  
  1305.  広い東園は適当にすませて、西園へいった。イソップ橋を渡り、坂を下ると、
  1306.  
  1307. 左側に不忍池がひろがっている。右側にはモノレールが走っている。そこを道な
  1308.  
  1309. りにいって、フラミンゴのところで歩をとめた。フラミンゴのケージは、正面と
  1310.  
  1311. 左右の三方から見ることができる。奥は別の建物の壁だ。飼育員はそちら側から
  1312.  
  1313. 出入りする。ケージが巨大で、三面とりつく場所があるから、人で賑わっても混
  1314.  
  1315. みあうということは、そうない。一番人がつくのはやはり不忍池を背にした正面
  1316.  
  1317. だ。左右はたいていあいている。余等は左側についた。
  1318.  
  1319.  ケージは、ナイロンのようなものでできた網を鉄柵へテントのように吊ってで
  1320.  
  1321. きている。なかには浅い池が、瓢箪を曲げたような形で掘られている。左側から
  1322.  
  1323. 正面にかけてある。右側からはやや遠い。池の後ろには蘇鉄のような樹木が植え
  1324.  
  1325. られている。余は植物に不案内だから、まるで見当違いかもしれぬ。しかし、そ
  1326.  
  1327. のような風情のやつだ。なかにいる細長い傘のような生物は、大半が濃い朱色に
  1328.  
  1329. 染まっていたが、種類が違うのだろう、白に近い、桃のような色のものもいた。
  1330.  
  1331. 目算で四十羽ぐらいいる。ほとんど全員が池のなかだ。池に嘴の先端をいれ、小
  1332.  
  1333. 刻みに動かして餌を漉し取っているやつがいる。ひっくりかえって水浴びをして
  1334.  
  1335. いるやつがいる。そろりそろりと歩いているやつがいる。羽をひろげてつくろっ
  1336.  
  1337. ているやつがいる。注意深くみると、個々の行動が勝手でおもしろい。
  1338.  
  1339. 「あのあざやかな色をなぜフラミンゴは身につけたか、考えた人がいる」
  1340.  
  1341. 「うん」
  1342.  
  1343. 「アボット・ハンダーソン・セアは変わっていて、すべての動物の色は保護色で
  1344.  
  1345. ある、という説を唱えた。フラミンゴも当然そうだという」
  1346.  
  1347. 「この派手な朱色が?」
  1348.  
  1349. 「そう。なんだと思う」
  1350.  
  1351. 「なんだろうなあ、こんな色の背景ってあるかなあ」
  1352.  
  1353. 「夕闇」余はいった。「太陽が沈むとき、世界は赤系の色に染まる。その人は、
  1354.  
  1355. フラミンゴはその瞬間背景のなかに溶け込むためにこんな色を獲得した、と考え
  1356.  
  1357. たんだ。おかしいだろう。」
  1358.  
  1359. 「へえー」
  1360.  
  1361. 「富田君がおもしろいと薦めた本に書いてあったんだ」余は長田に問われる前に
  1362.  
  1363. 白状することにした「彼は一般むけの本だからといっていたけれども、僕には難
  1364.  
  1365. しかった。でもまあ、おもしろい本には違いない」
  1366.  
  1367.  しばらく、夕闇に同化するために進化した鳥を黙って眺めていた。
  1368.  
  1369. 「有休とったんだって?」
  1370.  
  1371. 「ずる休み」長田は舌をちょこんと出した。「急にとったから、小言いわれるだ
  1372.  
  1373. ろうなあ」
  1374.  
  1375. 「たまにはいいさ」なぜずる休みをしたのかは問わない。ずいぶん会っていなかっ
  1376.  
  1377. たことは、無論承知している。
  1378.  
  1379.  カチッカチッという小さな音が聞こえてきた。みなくとも、それが長田の懐中
  1380.  
  1381. 時計の蓋の開閉の音だということはわかった。 
  1382.  
  1383.  音がしなくなった。
  1384.  
  1385. 「仕事は順調かい」長田がきりだす。
  1386.  
  1387. 「題材が鳥の朱鷺だからね。機密情報なんてものはないから、気苦労はないよ。
  1388.  
  1389. ただ、古い資料は手に入れるのに骨が折れる場合があるけれども」
  1390.  
  1391. 「事務所には一年間お世話になるっていっていたけれども…、そろそろでしょ、
  1392.  
  1393. 期日は」
  1394.  
  1395. 「うん」
  1396.  
  1397. 「…そのあとは、どうするつもりなの?」
  1398.  
  1399. 「うーん…」余は一呼吸入れた。「やめようかなあ」
  1400.  
  1401. 「やめるって、なにを?」
  1402.  
  1403. 「ライターを」
  1404.  
  1405. 「はあ? なんで?」
  1406.  
  1407. 「まあ、正直いって『通用しそうにない』と思っちゃったんだよね。僕には速す
  1408.  
  1409. ぎる職業だ」
  1410.  
  1411. 「やめてどうするの?」
  1412.  
  1413. 「しなければならないことがまずあるから、それをやりたいね」
  1414.  
  1415. 「なんだかわからないけれども、やっかいなことじゃないでしょうね」長田は眉
  1416.  
  1417. をひそめた。
  1418.  
  1419. 「うーむ、やっかいだなあ」
  1420.  
  1421. 「時間がかかりそう?」長田の声が不安に思う気持ちを反映して、少し震えてい
  1422.  
  1423. た。
  1424.  
  1425. 「いや、この場で片がつくよ。うまくいくかどうかは別にして」
  1426.  
  1427.  陽はだいぶ傾いて、フラミンゴのケージ周辺や不忍池のほうが、黄色味を帯び
  1428.  
  1429. た光で染まっている。余等がいるケージの左側には、広い通路が横たわっていて、
  1430.  
  1431. メタセコイアという杉の仲間が林立している。夏であれば、繁った葉がそのむこ
  1432.  
  1433. う側から差す陽光を遮り、ケージはその陰で覆われる。しかしいまはすっかり葉
  1434.  
  1435. が落ちてしまっていた。葉がついていたときの印象とはだいぶちがって、細々と
  1436.  
  1437. した感じだ。このため、メタセコイヤの寒々とした姿とは対象的に、ケージはあ
  1438.  
  1439. たたかな光で照らし出されていた。池面の揺れが、無数の金色の輪となって、フ
  1440.  
  1441. ラミンゴのまるまるとした腹の上で踊っている。
  1442.  
  1443.  余はいった。
  1444.  
  1445. 「離れ々々にならないために、パートナーになりませんか」
  1446.  
  1447.  長田は黙ったままだ。ひょっとしていなくなったんじゃないかと不安になる。
  1448.  
  1449. 振りむくと、きちんと傍らにいた。下をむいている。表情は、わからない。
  1450.  
  1451.  と、次の瞬間、長田は顔をあげ、大笑いをして、「あんたは蝉かっ」
  1452.  
  1453. 「…はあ?」
  1454.  
  1455. 「七年も待たせてどーする」
  1456.  
  1457. 「ちゃんとしてから、って思っていたんだよ。あのときは、すんなり卒業できる
  1458.  
  1459. かわからない状態だった。いいだしてから、しまった、そういうことをいう資格
  1460.  
  1461. はないぞ、いまの中途半端な状態では、と気づいたんだ。だからあそこまでいっ
  1462.  
  1463. て、やめた」余はいった。「なんとか卒業できたけれども、今度はこれから先の
  1464.  
  1465. ことがなかなか決まらなかった。…今だって半端者には違いはないのだけれども」
  1466.  
  1467. 「気にすることないのに、まったく。そうやって変に格好づけようとして、どん
  1468.  
  1469. どん遠ざかってしまって、本末転倒じゃないか」長田は、そこで一呼吸して、
  1470.  
  1471. 「でもまあいいか。その申し出、受諾するよ。あーあ、今日はずる休みのしがい
  1472.  
  1473. があったなあ。……よかった」
  1474.  
  1475.  
  1476.  
  1477.  御飯を食べ終えて、流しへ運ぶ。食器をささっと洗い、干す。歯磨きをする。
  1478.  
  1479. 着替える。新聞やTVを眺めながら食べていたから、七時半は目前に迫っている。
  1480.  
  1481.  寝室へいって布団をたたみ、押し入れに文字どおり押し込む。Dパックに、か
  1482.  
  1483. かあ大明神様がたたんでくれた作業着を入れる。余談ながら、このDパックはこ
  1484.  
  1485. の春、先代からその職を引き継いだ二代目である。色は空色に近い青だ。
  1486.  
  1487.  これを背負って玄関へと急ぐ。かかあ大明神様はすでに用意を終えて、外に出
  1488.  
  1489. ている。靴をつっかけ、とりあえず外へ出る。かかあ大明神様は、戸を閉め、鍵
  1490.  
  1491. をかけた。
  1492.  
  1493. 「起きることができないなら、夜更かしなんかするなよなー」
  1494.  
  1495. 「時間が足りないんだから、しょうがないの」
  1496.  
  1497. 「そりゃそうかもしれないけどさー。ところであんな遅くまでなにやっていたの
  1498.  
  1499. さ」
  1500.  
  1501. 「え、まあ、ちょっと」
  1502.  
  1503.  それはねえ葵さん、あなたを題材に小説を書いていたんですよ。とは、やはり
  1504.  
  1505. いえない。 アパートの階段を降りる。敷地の脇に自転車置き場がある。余はそ
  1506.  
  1507. こからかなりガタがきたドロップハンドルのスポーツ車を引き出した。これは高
  1508.  
  1509. 校の入学祝に買ってもらったものである。ろくに整備もしていないのに生き延び
  1510.  
  1511. ている。
  1512.  
  1513.  葵大明神様のほうは電車通勤である。余が自転車で出るのを見送ったあととこ
  1514.  
  1515. とこ歩いてゆく算段で、先に道に出ている。
  1516.  
  1517.  道に出て、自転車にまたがる。
  1518.  
  1519. 「あのさ、この前給料明細みたらさあ、」葵大明神様がきりだす。「食費が全然
  1520.  
  1521. ひかれてないんだけれど、あんたちゃんと昼飯食べてる?」
  1522.  
  1523. 「う、うん、うん」
  1524.  
  1525. 「…食べてねーんだな」
  1526.  
  1527. 「…うむ」
  1528.  
  1529. 「うむじゃねーよー、ちゃんと食べなさいよ。昼、御飯食べないでなにやってん
  1530.  
  1531. の」
  1532.  
  1533. 「眠っているよ、現場に段ボール敷いて」
  1534.  
  1535. 「寝不足補っているのかい。あきれたねえ。今日から早く眠ること。で、昼はちゃ
  1536.  
  1537. んと食べること。わかった?」
  1538.  
  1539. 「あー、わかったわかった」
  1540.  
  1541. 「まったく、子供じゃないんだからさー、頼むぜ、大将」
  1542.  
  1543.  ペダルを漕ぐ。九月半ばとはいえ、まだまだ蒸し暑い日が続いている。今日も
  1544.  
  1545. すでに不快な空気が形成されつつある。
  1546.  
  1547.  余はライターから撤退したあと、小説を書くことに戻った。書いたものは、自
  1548.  
  1549. 分が発行する個人誌によって、数人の友達にみせている。どこかの賞へ応募しよ
  1550.  
  1551. うとか、昔のつてを使って持ち込もうとか、そういう色気はない。
  1552.  
  1553.  今回の物語は、これでもうおしまいだ。しかし、次に書きたい話がすでにうか
  1554.  
  1555. んでいる。葵大明神様にはああいったが、当分早く眠ることはできそうにない。
  1556.  
  1557.  角を曲がるとき「飛ばして事故るなよー」という声が聞こえた。
  1558.  
  1559.  
  1560.  
  1561.